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老眼鏡について
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ここ数ヶ月、認めたくなかったというのもありまして(笑)抵抗してたんですけどね、至近距離の小さい文字が“本当に”読めなくなってきてしまいまして。

「あーこれが “ 老眼 ” つーヤツだ」

と、まあ感慨深いものがありました。

オットに「小さい文字が読みづらい。老眼になった。」って話したらちょっと悲しそうな顔をしていました。自分の連れ合いが年を取るのを受け入れるのが切ない…ってとこでしょう。

私もまああんまり大っぴらには言いたくはないんですが。なにしろネーミングがね、“老”がつくとね、一気にガクっと来ますよね。

せめて呼び名が変わらんかな。「シニアグラス」とか。…と思いつつ検索してみたら…なんと世間では「シニアグラス」でさえ“抵抗感がある”と嘆く声多数で、「リーディンググラス」だとか「なんとかかんとかグラス(失念)」だとか、色々と新しい呼び名定着に向けての動きがあるようです。へえー。

なんだかなあ…とモヤモヤしつつ数ヶ月。先日「ちゃんとしたものを作る前にお試ししてみよう」と100均で買ってみました。100円の老眼鏡。

これが!

なんかね、呼び名とか、自分の眼の現状とか、なんかそういうものはどうでもよくなっちゃって。

「見たいものがちゃんと見える!」

この喜びの前では些細なことなんですね。

私は近視でして、高校卒業前に初めて眼鏡からコンタクトレンズに変えたんですけど、その時の「見える!」って喜びをふと思い出しました。

あ、横道ですが「近視の人は老眼にならない(なるのが遅い)」っていうのは本当ですよ。私もコンタクトを外せば、至近距離の小さい文字も読めます(ま、老眼ていうのは「読める読めない」ではなくてピントを合わせる機能の問題なんで、裸眼で大丈夫だからといって「老眼じゃないよ」つーのも見苦しいハナシなワケです笑)

とにかくひたすら「問題解決した」って喜びでいっぱいになった私。オットに嬉々として「老眼鏡買った!いいよ!」と報告したらば…やっぱりちょっと悲しそうな顔に…(笑)

だがしかし。

試しに老眼鏡をかけて手近にあった細かい文字を見たオット。

「わー!よく見える!」と!

…あの…つまり……

彼はただ単に普段小さい活字を見る生活ではなかっただけだったと…。字を見ないから気がつかなかっただけでアナタも老眼だったんじゃないか、と。そりゃそうだ。1歳しか違わないんだから。

そんな顛末でした。

老眼。最初はちょっとショックだったんですけど…不便が解決したらなんだか面白くなってきました。

出来なかったことが出来るようになる経験は心躍るものですけど、出来ていたことが出来なくなっていく過程にもそれはそれで興味深く、味わい深いものがあるものですね。

自分でコントロール出来ないことが増えていけば、その分謙虚になっていくかも…。そう思うと、自己顕示やら自意識過剰やら自己嫌悪やら、傲慢で自我に振り回されていた若い頃の重荷から少し解放されたような気分にもなるのでした。

きっと負け惜しみにしか聞こえないと思いますけど(笑)年をとるのも悪くない。面白いです。これから自分がどんな風に坂を下るのか。

もちろん努力や知恵や蓄積の果ての自分なりの「成長」もなければ、とてもこんな呑気なことは言ってられませんけどね。

いやはや。

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