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尾道駅裏ANDY

意を決して、初めてそのお店のドアを開けたのは15歳の時。

中学生だった私と友達は、ずっと尾道駅裏の路地にある蔦のからまったほの暗い明かりの灯るそのお店のことが気になってました。

JAZZ喫茶なんて看板が掲げられていたけど、中学生だった私達はJAZZなんて聴いたこともなくて、なんだか分からないけどそこには今までの自分達の想像を越えた大人の世界が拡がっているに違いないと、得体の知れないドキドキとワクワクを抱えながらドアを開けました。

幼いお客さんにもマスターは優しかった。注文したジュースとピザの美味しさは今でも覚えてます。

テーブル席に座った私達からは、カウンターでマスターと談笑している常連さんの姿はとても眩しくオトナに見えましたっけ。

「いつか私たちもカウンターに座れるようになりたいね」なんて友達と無邪気に話したのが最初の思い出でした。

それから何年も経たないうちに高校生の私達はバンド活動を始め、ライブの打ち上げにはカウンターに座り、マスターの紹介やカウンターでの出会いから色々な経験をさせてもらいました。

「東京に行く」も「帰ってきた」も「失恋した」も「親が死んだ」も「会社を辞めた」も、考えてみれば自分の人生の中の大きな出来事は全てマスターに報告に行ってました。

ピザとジュースでドキドキしていた15歳の私は、いつのまにかお店の冷蔵庫から勝手にビールを出してカウンターで手酌する“常連さん”の一人になってました。



…なんて、つらつら書いていても、とても書き切れないことに今やっと気がつきました。

思い出し始めるといくらでもお店での「あの夜」「この夜」の思い出が湧いてきて収拾がつかなくなりそうです。


そんなお店がなくなりました。マスターは2度と会えない人になってしまいました。

仕事の独立や結婚や、自分の生活の変化を追いかけるのに必死な間に、私の知らない間に、色んなことが取り返しのつかないことになってました。

またひとつ、苦い後悔が増えました。

誰かと別れるたびにいつも感じる後悔です。「もっと出来ることがあったんじゃないか」と。学習しないですね、ほんとに…。

葬儀が終わっても、未だに実感が湧かないのです。まだふらっとお店に立ち寄れそうな気が。ドアを開けたらそこにマスターがいるような気が。

まだまだ自分の人生に精一杯で、ちょっとごぶさたしてるけど、「また来るからね」。

そんな気持ちでいたいな…なんて、往生際悪いですかね。


マスター。長い間ありがとう。
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